12月30日放送予定「第59回輝く!日本レコード大賞」にピンクレディーのお2人が出場することが発表されました。

今もなお日本音楽界に影響を与え続けている作詞家・阿久悠さん(享年70歳)の特別賞受賞を祝し、ピンクレディーが一夜限りのスペシャルメドレーを披露するとの事!


今回は「70年代のトップアイドル・ピンクレディー」「不世出の天才・阿久悠」このコンビで生み出されたシングルを紹介していきます!

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ペッパー警部

記念すべきデビュー曲。

曲名の「ペッパー」の由来は諸説ありますが、

なんと阿久悠さんもわかっていなかったそうです。(笑) 

オリコン週刊チャート最高4位。

S・O・S

デビューから2曲目の作品。

発売されたのは1976年11月でしたがじわじわと人気を集め続け、

翌年2月に初のオリコン1位獲得。

原曲冒頭のモールス信号が放送時問題になった作品でもあります。

カルメン’77

前作「S・O・S」の勢いに乗り、

なんと5週連続オリコン1位を獲得。

この曲から踊りの振り付けが激しくなってきました。

渚のシンドバット

この年(1977年)のオリコン年間シングルチャート1位を獲得。

デビューからわずか4曲目にして人気を不動のものとしていきます。

ウォンテッド(指名手配)

この曲でなんと12週連続オリコンチャート1位を獲得。

現在では考えられないですね・・・。

簡単な振り付けが子供達の間で流行しました。

UFO

ピンクレディー最大のヒット曲。

オリコン売上枚数155万枚、10週連続オリコンチャート1位、1978年オリコン年間シングルチャート1位獲得、第20回日本レコード大賞受賞。

誰しも1度は聞いたことのある曲と言えるのではないでしょうか。

サウスポー

曲の歌いだし「背番号1のすごい奴が相手」とは、

当時大活躍中の読売巨人軍の王貞治選手というのは有名な話。

作詞した阿久悠さんは後日、実際に王選手から感謝の言葉を伝えられたそうです。

1978年オリコン年間シングルチャート2位獲得。

モンスター

曲冒頭のうめき声は、作曲を手掛けた都倉俊一さんの声を加工したものだそうです。

1978年オリコン年間シングルチャート3位獲得。

「UFO」、「サウスポー」、そして「モンスター」。

1978年のオリコンチャートはピンクレディーのまさに独壇場でした。

透明人間

前作ほどの勢いは出なかったものの、

通算で4週オリコンチャート1位を記録しています。

カメレオン・アーミー

ピンクレディーの2人共が「最も振付けの激しい曲」と語っていた曲。

また同時期にコンビ初主演映画「ピンク・レディーの活動大写真」が公開され

この曲がエンディングテーマに起用されました。

ジパング

オリコン史上初「シングルレコード総売上枚数1000万枚」を達成。

しかしオリコンチャート週間最高は4位となり、

「S・O・S」以来獲得し続けた1位には届きませんでした。

波乗りパイレーツ

B面にも同じく波乗りパイレーツが収録されていますが、こちらはアメリカで録音されたもの。

またロックグループの「The Beach Boys」がバックコーラスとして参加しています。

マンデー・モナリザ・クラブ

前作の「Kiss In The Dark」で全米デビューを飾りましたが、マンデー・モナリザ・クラブはオリコン週間チャート最高14位に終わる。

今までの曲の雰囲気とは一線を画したものに仕上がっていて、

コンビ共に「こういう曲を私たちはずっと歌いたかった」と語っています。

OH!

ピンクレディー22枚目のシングルで、

この曲を最後に一旦ピンクレディーの活動に終止符が打たれました1981年)。

オリコンチャート最高46位。

2年目のジンクス

1990年、2度目の活動再開時に用意されたシングルですが、諸事情によって発売は見送られる事に。

しかしピンクレディーはこの年の紅白歌合戦に出場、メドレー内で披露されました。

テレビが来た日

2003年、4度目の活動再開時に発売されたシングル。

この曲がピンクレディーと阿久悠さんの最後の作品となりました。

まとめ 全54曲中33曲が阿久悠さん作詞!

今回まとめてみたところ、阿久悠さんの作詞はピンクレディー全54曲中なんと33曲!ピンクレディー活動初期のほとんどが阿久悠さんの作曲です。

天才・阿久悠さんとのコンビがなければ、ピンクレディーの人気は無かったのかも知れません。

今年のレコード大賞、こちらで紹介した曲の多くが披露される事になりそうですね。私も期待しています!(^^♪

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