2018年5月21日に登山家の栗城史多(くりき・のぶかず)さんが

8回目の挑戦に挑みエベレストで亡くなったことがわかりました。

栗城史多さんといえば、メディアの露出も多く登山家の知名度も高い。

そんな中での挑戦での訃報となりました。

今回はそんな栗城史多さんをご紹介します。

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死亡の原因は応援?

2018年5月21日に死亡が確認されました。

事務所の発表によると・・

栗城さんは単独・無酸素で登頂に挑んでいた21日、標高7400メートル地点で高山病の症状が出て体調不良となり、ベースキャンプに下山すると連絡した。栗城さんがその後、無線に応じなくなったため、同6400メートル付近の「キャンプ2」にいたネパール人のシェルパが捜索に向かい、下山途中で死亡している栗城さんを発見したという。

ことだそうです。

他の登山家の人達も栗城史多さんの挑戦は無謀と語っていた人が多かったそうです・・

死亡のはっきりとした原因はいまだにわかっていないそうですが

本当に残念でなりません。

無謀な挑戦

栗城史多さんといえば単独・無酸素での登頂に挑みこれまで7回の失敗をしています。

2012年には凍傷を負い、手の指を9本も無くしています。

その後も登山を続け今回のこのような結果になってしまったそうです。

登山ライターからは単独・無酸素での登頂は「かなり無茶苦茶なことをやっている」 こと

実力と、本人が挑戦したいことのレベルに乖離がありすぎる そうです。

登山ライターはこのように語っています。

専門家ほど挑戦に対して無理と断言することは躊躇しますが、明らかに無理です。例えるなら大学野球の選手が、メジャーリーグの本塁打記録を更新するようなものでした。
南西壁に関していえば、エベレストでも一番難しいルートで、日本人で『単独・無酸素』で南西壁から登頂できる登山家はいません。世界を見渡しても1人、2人いるかどうかというルートです。
彼らですら、やってみないと成功するかどうかはわからない。栗城さんのレベルで、山頂に達することはありえないことです」

ある意味・・

多くのファンやスポンサーの応援・声援が栗城史多さんを殺してしまったかもしれません。

登山家としての地位

ある番組内でサバイバル登山家(山岳ジャーナリスト)の服部文祥さんが栗城史多さんの評価しています。

「マラソンで例えると栗城史多くんは市民ランナー」

「登山家としては3.5流」

「栗城くんは登山家じゃない」

「本当に登山家を目指してる人にとって失礼・侮辱してる」

と語っていました。

登山家界のアカデミー賞「黄金のピッケル賞」「ピオレドール」などの獲得も無いため

このような表現をしたのではないでしょうか。

【まとめ】

今回は栗城史多さんをご紹介いたしました。

35歳という年齢で亡くなられとても残念でなりません。

多くのファンやスポンサーの応援が力となりエベレスト挑戦を挑めたのでしょう。

いまだはっきりとした死亡の原因はわかっていないそうですが

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 

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